43年ぶりの別府~阿蘇:20260601

私は20代後半の頃、毎月100時間以上のサービス残業をするサラリーマンでしたが、夏になると1週間ほどの休みを取ってバイクに跨り、行先も適当にフラッとソロツーリングに行くのが毎年のことでした。

その年=1983年は,姫路から小豆島そして四国へとフェリーを乗り継ぎ、仁尾太陽博が開催されていた地で一泊し、翌日四国の西端から九州は大分・別府へとまたフェリーで渡りました。

そのフェリーには,同じ会社の社員と思われる数人のグループがバイクで乗り込んでいて固まって話をしていましたが,一人離れて行動している方がいました。多分、お盆の期間に会社全体が休業期間に入り、たまたま同じフェリーに乗り合わせたという感じでした。

その彼と私と,どちらが先に話しかけたのか今はすっかり記憶にありませんが、バイク仲間というのはなんとなく近づいてしまうのでしょう、結局二人は今夜一緒に別府に宿をとろう・・・ということになりました。

別府の観光案内所で宿を定め,別府タワーに上ったり色々とバイクや旅の話をしたりして過ごしました。

翌朝,私は阿蘇山に向かう予定でしたし,彼は別府の地獄湯めぐりをするということで宿からしばらく走った後で,お互いに(バイク乗りの挨拶である)ピースサインを交わして別かれることとなりました。

それだけの交友だったのですが,毎年年賀状を交換してもう40年以上になります。以前には,結婚しました,子供が生まれましたと添え書きもありました。最近では、私が癌で闘病しているのとほぼ同時期に彼も癌を患ったと書いてありました。

まぁ,これからも実際に会う機会はないと思いますが、彼からの年賀状を見るたびに,昔,ツーリングの際に行き違うバイクにピースサインを送り,お互いの旅の無事を祈っていた光景を思い出します。

ピースサインは旅先でのライダー同士の挨拶で,記念写真に写る時のように「チョキ」を出すこともあれば,ちょっとかっこよく人差し指と中指をくっつけて,ヘルメットの斜め前に敬礼のように差し出す形もありました。見知らぬ道のカーブを抜けた時に,前方からツーリング中のバイクが現れてお互いにピースサインを交わすような瞬間は,バイク乗りの旅の醍醐味の一つでした。

さて、彼と別れた後、私は阿蘇山を目指して走り続けました。

しかし、もう少しでやまなみハイウェイという時にかなり濃い霧が立ち込め、運転が危険な状態が生じました。

濃い霧は濃い状態のままなかなか消えません。

私は、ドライブインでコーヒーを飲みしばらく待っていましたが、霧はそのままです。

そして、引き返すのも勇気!!と決心してバイクのエンジンをかけたところ、なんと霧が消えていきました。

そこから走ったやまなみハイウェイと草千里の光景は今でも鮮明に覚えています。

季節的にも真っ青な芝生が大きく広がり、牛や馬がのんびりと草を食み、走っても走ってもその光景が続きます。

こんな景色が日本にもあるのだと思ったことも良く覚えています。

その後、阿蘇山火口を目指して走っている私がふと気がつくと,ずっと後をつけてきているバイクが1台。

そして,私が火口口への侵入路を間違えてUターンした時に彼の方から話しかけてきました。結局彼とは阿蘇山から福岡へ一緒に走ることとなり,その晩はそこで大学時代を送ったという彼に博多の飲み屋さんを案内してもらいました。

彼とは年賀状の交換はしていませんが,時折記憶の片隅から顔をだす旅先のバイク仲間の一人です。

私の43年前の九州の景色は、バイクとバイク仲間と共にあり今も強く記憶に残っています。

* 今回、43年ぶりにその地を再訪することができましたので、書斎をひっくり返して当時の写真を探し出しました。古いアナログのカラー写真は色あせ、現在の私との同一性が疑われるような若者が写っています。



さて、私は長くやまなみハイウェイと草千里の光景をもう一度見たいなぁと思っていましたが、先般70歳を超えてバス旅行として実現することができました。

2泊3日のフェリー+バスのパック旅行でした。
2泊は全てフェリーの中です。
大阪南港から夕刻に出航したフェリーは翌朝早く別府港に到着し、そのままバスで数か所の観光地を巡り、その日の夕刻に別府港に戻り、そこからフェリーで大阪へと帰ります。

別府に着いた朝、先ずは以前に上った別府タワーを探しましたが分かりませんでした。
後で調べましたら、フェリー乗場とは少し離れていたようです。

ここから我々を乗せたバスは、数か所の観光地を回りますが、当然その中に草千里、やまなみハイウェイも含まれています。

草千里ややまなみハイウェイは、4月中旬ということもあり、また「野焼き」をしてから2か月ほどの時期でもあり、芝生の色などは昔日の記憶に残るものとは少し違っていましたが、雄大な景色はそのままでした。

20代の時に大型バイクで走り抜けた景色と70歳を超えてバスの団体旅行で観る景色は同じものではありますが、違う景色でもありました。

しかし、再訪の夢が叶い、雄大な阿蘇の景色と再会することができ、そしてまた昔日の想い出を再認識することができ、とても嬉しく思っています。




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